人見知りから脱却

まさやんって何者?

旅する作業療法士まさやん@t_ot_masayan)です。

前回に引き続き、自己紹介編です。

第二弾は

人見知りから脱却し始めた

高校生時代の話。

あんなに好きだったのに

高校へ入学し、

好きだったサッカー部に入った。

中学生の頃に比べると

当たり前のように練習はきつく、しんどかった。

でも好きだから、何とか乗り越えられるだろうと思っていた。

だが、そう簡単なものではなかった。

だんだんサッカーの楽しさがわからなくなり

挙げ句の果てには

サッカーを嫌いになってしまった。

そこで辞める決断をした。

何か理由がないと辞めれないし

どうしようかな〜と思って

考えた末の理由が

「受験に専念して勉強をしたいから」

おい、おい、もっとマシな理由はなかったのかよ

と思うくらい、なかなか酷い理由だ。

だって高校1年の夏に言っちゃってるんですよ。

早すぎだろって。

きっと当時の監督はこの言葉に呆れていただろう。

でもこの理由を突き通し

結果、部活に入部してから半年くらいで辞めることとなった。

今思うと、辞めたかった本当の理由は

サッカーを一緒にやっている仲間達との間で

所属欲求を満たせなかった〟からだと思う。

前回の記事でも書いたが、

サッカーというよりも

大好きな仲間達の輪の中にいる感覚が心地良かったから

サッカーという手段を使って所属欲求を満たしていた。

高校へ入学すると、義務教育ではなくなり、近隣に住んでいた友人達とも離れてしまい、新しく人間関係を構築しなければならなかった。

でも僕は

人見知りを全力で発揮していたため

高校のサッカー部も含めて、学校の同級生達と

1年生の頃は本気で仲良くなれなかった。

うわべだけの関係性だったと思う。

人見知り〟が原因で人間関係をうまく構築できなかった自分を

本気で否定した。

○○○がキッカケで脱却できた

部活を辞めてから

やることもなかったし

お金稼ぎたいな〜

遊ぶお金ほしいな〜

と思って

バイト〟を始めました。

何が決め手だったか正直よく覚えていないが

スーパーの品出しをすることになった。

人見知りであった僕がバイトなんかできるのか

かなり不安だったが

僕のことを全く知らない環境に飛び込むのは

意外と気楽なものであった。

社会人の大人達に混じって働くことが

こんなにも自分を解放できる場所であったのか、

と思った。

おそらく同世代が多すぎたら

比較対象が自分と似すぎて気にしていたが

ほとんどが大人達であったため

比較するまでもなく

自分の思うままにストレスなく

働けていたんだと思う。

もちろん同世代のバイト仲間もいたが

そこでは人見知りは少しずつ発揮されなくなった。

お客さんのおばちゃんにはよく話しかけられ

よくしてもらった記憶がある。

社員さん達にも、よくしてもらい

僕のことをずっと指導してくれた方には

「松田って年上に可愛がられる感じだよな。その愛嬌の良さは得するぞ。」

みたいな感じのことを言われた。

ここで気づいたのが

僕は〝愛嬌〟が良い方なんだ。

年上受け〟が良いんだ。

と自覚した。

それから何か吹っ切れたのか

人と関わることが好きになり

この〝愛嬌〟を武器に

人とコミュニケーションをとるようになった。

そこから少しずつではあるが

同級生達とも仲良くなれるようになっていった。

環境を変えると人は大きく変わる

環境の力〟ってすごいなーって

つくずく思う。

きっと、ここでバイトをしていなかったら

その社会人の先輩に会っていなかったら

僕は人見知りのままだったかもしれない。

人見知りから脱却するキッカケをくれた

環境に、

関わってくれた人達

みんなに感謝したい。

ありがとう。