まさかのドM

まさやんって何者?

旅する作業療法士まさやん@t_ot_masayan)です。

前回に引き続き、自己紹介編です。

第三弾は

自分が〝ドM〟であったと自覚した話。

努力の先に見えたもの

僕は高校卒業後、

作業療法士というリハビリの資格を取るために

4年性の専門学校へ入学しました。

学校は電車を使って1時間くらいかかる場所にあり、

通うのは結構大変でした。

当時はよく宅飲みをしていた記憶が強く残っています。

たくさん遊んで、

たくさん騒いで、

たくさん飲んで、

たくさん走って…

ん?

走る?

そう。

僕の中では宅飲み以上に

走ること〟が記憶に強く残っているんです。

それはなぜか。

学校近隣に住んでいる友達とよく遊んでいて、

その友達は皆んな自転車で移動していました。

僕の自転車は電車で1時間もかかる自宅にあるため持ってこれるはずがない。

というより、持ってくること自体はは車に積めば可能ですが

そこまでする必要がなかったため

そうしなかっただけです。

学校近隣の移動手段は

僕の場合は

とにかく走る。

冬でも走る。

お腹が空いて、おにぎり食べながらも走る。

酔っ払っても走る。

よくここまで走ったなと思うくらい走ってた気がします。

でも不思議なことに嫌ではなかった。

苦ではなかった。

むしろ爽快感や達成感の方が優っていた。

なんだか心地良さすらも感じてしまう。

追い込まれれば追い込まれるほど

もっと追い込みたくなる。

これって、小学生・中学生の頃にサッカーの練習を頑張って、努力していた感覚と似ているなーと感じました。

努力の延長線上にドMの兆しが見えた〟気がしました。

それから、休みの日は

10kmくらいランニングしたり、

バイトが終わって終電をすぎてしまったからと走って帰ったりと、

自分を追い込むことが日に日に好きになっていきました。

今でも夏場は職場まで走って通勤するくらい走りまくってます。

ここまで走りまくっていると自分がドMであることを自覚せざる負えない。

走る行為というよりも

走ることによって起きる

苦しくなる感覚が好きなんだ〟と思う。

そんな自分が大好きでたまらない。

自分の名前、

松田将弥の頭文字をとったら

M・M

生まれながら、Mの気質を持っていたのではないかと、

気づいた時には思わず笑ってしまった。

実はこの追い込むという行為が

僕がいつも当たり前のようにやっている行為に

大きな影響を与えているクセであったと気づいた時があった。

このクセについて書いちゃうと

かなり長くなってしまうため、

別の記事でじっくり書きたいと思います。

お楽しみに〜

恥を捨て自己分析の一助とすべし

僕は〝走る行為〟を通して、自分が〝ドM〟であることを自覚しました。

みなさんは何がキッカケで、

自分がSであること

あるいはMであることを自覚しましたか?

それともまだどちらかなのか自覚できていない感じでしょうか?

知って損はないと思いますよ。

これって、自分を分析する上でとても重要なことだと思うんです。

自分の快楽がどの方向性に向きやすいのか?

自分の〝行動のクセ〟が見えてきますよ。

人間関係を構築する上でも重要なポイントになります。

僕の勝手なイメージですが、

Mであることの方が恥ずかしい世の中である気がします。

でも、

そんなことないですよ。

Sがいれば、Mもいる。

恥ずかしがることなんてありません。

堂々と言ってしまった方が

爽快ですよ。

この相対世界では、

対になる存在は必然〟なんですから。