人生最大の挫折

まさやんって何者?

旅する作業療法士まさやん@t_ot_masayan)です。

前回に引き続き、自己紹介編です。

第四弾は

人生最大の挫折を味わった

専門学生時代のお話。

感覚で生きていた

作業療法士になるために

リハビリの専門学校に4年間通っていました。

高校を卒業してから

相当浮かれていたのか

とにかく遊びまくっていた。

テスト勉強は

徹夜ばかりで

たいした知識にもならず

成績は後ろから数えた方が早いくらい

勉強ができなかった。

というよりも

やらなかった。

在学中は、年に何回か実習へ行くことになっている。

実習というのは

病院や介護施設等で

実際に患者さんに触れながら

どのようにリハビリをやっていくのか

研修をしていくものだ。

これがまた結構大変なんです。

僕は

いつしか自分の武器となっていた

愛嬌や人当たりの良さを活かして

知識よりも〝人との関係性をどう構築するのか

関係性を軸〟に実習を楽しみ、学んでいた。

なんとなく〝感覚的に行動〟していたため、

根拠への追及を少し疎かにしていた。

知識をつけることも

もちろん大事だが

患者さんや指導者達とどのようにコミュニケーションをとっていくかが

本当に大切で、そこに学びがあるとずっと思っていた。

実習がとにかく楽しかった。

新しい刺激に溢れ

様々なことを学べることが嬉しかった。

この実習は一つの単位であるため、

これを落とすと留年してしまうことも

当たり前のようにある。

その結果、

クラスでは

ストレートで卒業できた人は

半分くらいであった。

僕は実習の単位を落とすことはなかったが

知識面では相当ギリギリだったと思う。

そんな僕は

感覚的で生きていること〟を

じわじわと感じ始めていた。

国家試験の勉強を舐めていた

全ての授業や実習、論文が一通り終わり

4年生の秋頃には

本格的に〝国家試験の勉強〟が始まる。

試験日は2月の下旬頃であった。

僕は〝追い込まれないと本気に取り組めない性格〟であったため、

12月頃まではゆる〜く勉強していた。

なんとかなるだろうと

全く根拠のない自信があった。

1月になり本気でヤバいと思い始め、

1日12時間くらい勉強していた。

やってもやっても足りない。

覚えることが膨大すぎて

もう本当に投げ出したくなる。

でも作業療法士になるために頑張ろう。

みんなで励まし合いながら頑張っていた。

模試では点数が伸びず

不安しかなかった。

そんな不安を抱きながら

国家試験当日を迎えることとなった。

国家試験の壁

国家試験はとにかく緊張した。

当時を思い出すと

今でも胸がドキドキする。

試験時間ギリギリまで頭に詰め込み争っていた。

試験が開始され

いざ問題を解き始めると

  • 完璧にわかる問題→2割
  • なんとなくわかる問題→7割
  • 全くわからない問題→1割

だいたいこれくらいの割合だったと思う。

これはいけるなと

なんとな〜く根拠のない自信を持っていた。

試験後には

模試を提供している各会社から

予測された答案が発表される。

その答案をもとに

答え合わせをした。

結果、

合格ラインを超えているものもあれば、超えていないものもある。

合格ラインを大きく上回ったものは1つもなかった。

試験直後に感じた根拠のない自信は崩れ去った。

合格発表は約1ヶ月後。

この期間は卒業旅行へ行ったりと残り少ない学生生活を楽しもうとしていた。

だが…

この時の僕は〝不安な感情で頭が一杯〟だった。

こんな気持ちで日々を楽しめるわけがない。

表面的には笑っていても

心の中では笑っていない。

そんな気持ちを抱きながら

合格発表の日を迎える。

人生最大の挫折を味わった3月

結果、

1点足りず

不合格

普段泣かない僕は

人前で泣きたくないから

家で何時間も泣き続けた。

当時、

絢香の曲をよく聴いていた。

「手をつなごう」という曲を聴きながら

泣いていた。

絢香の優しい声が

僕の涙の壁を一層した。

泣いても泣いても

泣きやめない。

くそっ!

1点足りないって

なんなんだよ!

悔しくて悔しくて

たまらなかった。

自分の努力の結果はこんなもんか。

頑張ったのに結果がついてこなかった。

僕の頭の中は悔しい想いで溢れた…

だが、

この人生最大の挫折が〝僕を変える大きな出来事〟となる。

この挫折からどう這い上がってきたのか

次回の記事でお話しします。