カテゴリー
まさやんって何者?

ある人との出会いで人生が狂った?いや好転した

旅する作業療法士まさやん@t_ot_masayan)です。

今回も前回に引き続き、自己紹介編です。

第六弾は

健康を追求していく中で、

ある人に出会って人生が好転したお話。

[toc]

出会いは温泉施設

国家試験に受かり、作業療法士として正規雇用された24歳の秋

ある人との出会いは帰省中の出来事であった。

日々の疲れを癒すため、温泉施設を訪れた。

いつも通り、サウナとお風呂で汗ダラダラになりながら、老廃物を出しまくっていた。

この温泉施設は岩盤浴があり、

あるものが目に止まった。

ホットヨガ

ヨガにハマっていた僕は参加を即決した。

ホットヨガは初だったため、

どんなことをするのかなーとワクワクしていた。

だが僕の予想していたものとは全然違った。

正直なことを言うと

その時、どのような運動をしたのかは、あまり覚えていない。

ヨガのポーズ自体はしていなかったはず。

唯一覚えているのは

あ〜へ〜あ〜ほ〜

と発声しながら

お腹をへこます運動であった。

いわゆる〝ドローイン〟と呼ばれるものだ。

ドローインは主にインナーマッスルに働きかけ、

腹横筋や横隔膜といった姿勢や呼吸に関与する筋肉に効果をもたらす。

効果として

  • 呼吸が深くなる
  • 腰痛予防になる
  • お腹周りが引き締まる
  • 姿勢が良くなる

ドローインの効果には賛否両論あるが、

僕は、人の記憶に残りやすいこのインパクトに惚れた。

あ〜へ〜あ〜ほ〜

って、この人ふざけてるのかなって思った。

でも、この人は大真面目だった。

このちょっとふざけた感じのワードが人の心に残りやすい。

なぜだかわからないけど

あ〜へ〜あ〜ほ〜

って言ってると

笑ってしまう。

周りを巻き込み

笑いが伝染する。

このふざけた運動を生み出した男こそが

僕の人生を狂わせた?

いや好転させた

あへあほ体操〟生みの親

しものまさひろ〟である。

しものさんの第一印象は

ずっとニコニコして笑っている。

変人っぽい雰囲気を醸し出している人。

でも言葉一つ一つに力強さがある。

軽そうで重みがある感じでした。

類は友を呼ぶってよく言うけど

変人である僕と似た人と出会ったって感じだった。

あへあほ体操認定インストラクター取得を決断

ここまで

しものさんのことを散々

ふざけた人とか変人とか言ってますが、

この人のおかげで僕の人生は大きく変わったんです。

本当に感謝しかないんです。

しものさんに出会って得たものが半端じゃなくデカい。

僕はしものさんに出会ってから1年後に

あへあほ体操認定インストラクター取得〟を決断しました。

それはなぜか?

作業療法士2年目の僕は呼吸器疾患のリハビリに力を入れていて、

呼吸筋の強化や日常生活動作に合わせた呼吸方法の指導をよくやっていました。

〝吸う〟〝吐く〟

を交互に行いながら人は呼吸をしています。

ですが高齢者にとって、

もともと無意識でやっていた呼吸を意識して鍛えることは

結構難しく、指導に苦労してました。

教えてもすぐ忘れてしまう。

何回も何回も指導を繰り返しても

吸うタイミング・吐くタイミングを忘れてしまう。

これなら退院しても自主トレーニングはしないな。

自分でケアできなさそうだなと思っていた。

退院しても健康管理ができずに、また再入院するな。

僕のリハビリはこんなもんか。

くそっ!

悔しい!

自分のスキル不足に嘆いていた。

そこでふと…

あへあほ体操のことを思い出した。

あへあほ体操ってネーミングはちょっと引っかかるけど印象には残りやすいよな。

ドローインだから呼吸筋鍛えられるよな。

よし!取ってしまえ!

そう思って、ボーナスをはたいて養成を受けることにしました。

資格取得後に苦労したこと

函館に住んでいた僕にとって養成を受けられる札幌の往復は結構きつかった。

距離でいうと、約250km。

車で片道5時間。冬は6時間程度。

なかなかの距離だ。

道外にお住いの方は驚かれると思うが、

道民にとっては、この距離はいつものこと。

いや。この距離を何十回も往復していた僕の距離感が狂っているかもしれない。

道外であれば何県かは跨げる距離だろう。

函館・札幌間を往復し、

なんとかインストラクターの資格を取得した。

資格取得したときの写真…まだフレッシュな感じがして若い

資格取得後、自分の勤めている病院に還元しようと思った。

だが現実は甘くなかった。

病院で、患者さん個人あるいは集団に対して

あへあほ体操を実施するのはやや無理があった。

あ〜へ〜あ〜ほ〜」と大声を出しながらやってしまったら院内の迷惑になってしまう。

あへあほ体操の魅力である〝笑いが生まれる〟ことを押そうとしたが

当時の僕は、臆病で強く押せなかった。

病院では現実味のない手段であったことに、このとき気づいた。

だが、病院であへあほ体操ができなかったことよりも

実は得たものの方が大きかったことに気づく。

ワクワクする感覚

あへあほ体操は地域に住まう幅広い世代に対して活動をしています。

世界共通の健康体操にする〟ことを目標に僕らインストラクターは活動しています。

あへあほ体操は、とにかく〝ワクワク〟することを大切にしています。

あへあほ体操のロゴ…よくTシャツにプリントされている

皆さんに、このロゴをよ〜く見てもらいたい。

何か違和感があると思います。

実はこのロゴは、

あへあほをワクワクで囲んでいるんです。

ヤバくないですか?

ワクワクを胸に刻み、活動しているんです。

こんなロゴをつけたTシャツを着ながらやっていたら楽しくない訳がない。

あへあほ体操の活動を通して得たもの

作業療法士としてどうかと思うが、

あへあほ体操の活動を始めるまでは病院の外の世界をよく知らなかった。

地域に住まう人達は

何に困って

何を目的に健康になろうとしているのか。

地域のニーズはなんなのか。

僕の視野は格段に広がり、健康への追求に拍車がかかった。

健康になった先に人は何を求めるのか。

主に2つのパターンがあることに気づく。

  • 友人と一緒に楽しい時間を過ごしたい
  • 死ぬまで介護されたくない

このパターンが非常に多い。

人は一人では生きていけないし、親しい友人達と楽しい時間をいつまでも過ごし、最高の人生だったと笑顔で最期を迎えたいんだ。

介護されるようになると、排泄や入浴の際に他者の助けが必要になるというイメージが強く、そのような恥は晒したくない。最期を綺麗な気持ちで迎えたいんだ。

これらは、

あくまでも僕個人的な解釈のもと導き出した答えであるため、皆さんと意見が違って当たり前だと思うので、軽い気持ちで読んでもらえたら嬉しい。

健康の先に何を求めているのか

ここを深めることができ、

だったら病気になる前にどんなサポートが必要なのか。

病気になってからも、どのようなサポートをすべきなのか。

日常場面をより強くイメージする力がついた。

ジャンルの幅広さ

あへあほ体操が関わるジャンルや世代は半端じゃなく広い。

子供の体幹強化
中学校であへあほ体操
アスリートの体幹強化
プールであへあほ体操
健康関連のフェスであへあほ体操
函館蔦屋書店であへあほ体操
お寺で講演
メディア出演
メディア出演
ペッパー君とコラボ

活動の幅が広い。

子供から高齢者まで

学生向けからアスリートまで

講演や健康フェスの参加

メディア出演

ロボットプロジェクト

などなど…

この柔軟性は、

しものさんの思考が常識にとらわれていないからだろう。

しものさんは固定された常識を壊すクセがある。

しものさんの脳は100%ワクワクでできているのだろう。

まとめ

僕の人生は、

しものまさひろに出会ったことで劇的に変化した。

地域に住まう人達の奥底に眠るニーズをキャッチしやすくなった

常識にとらわれない思考が育った

ワクワクする感情がたまらなく好きになった

笑うことの大切さを知った

物事に対する視野が広がった

作業療法士だけの世界では得られないものばかりだ。

本当に感謝しかない。

しものさんをはじめ、あへあほメンバーみんなが僕は大好きです。

あへあほ体操が気になる方は

⬆︎をクリックしてね。



カテゴリー
まさやんって何者?

〝まさやん流〟挫折から這い上がる方法

旅する作業療法士まさやん@t_ot_masayan)です。

今回も前回に引き続き、自己紹介編です。

第五弾は

まさやん流挫折から這い上がる方法についてのお話。

前回の記事から繋げた形で綴っていきます。

[toc]

挫折から何を思ったのか

僕は22歳の3月

作業療法士の国家試験に落ちた。

この人生最大の挫折が

僕を激変させた。

この時に、

どのような感情が一番初めに出てきたのか…

それは

悔しい〟という感情だ。

この悔しい感情からどのようなプロセスで這い上がろうとしたのか

詳しく考えてみる。

① 国家試験当日まで自分なりに努力したつもりだったが、

自分の努力では合格という壁を越えられなかった。

それに対して悔しいという感情が溢れた。

もっと自分はできたはずだ。

良い結果を残せたはずだ。

あんなに頑張ったのに

なんでだ。

くそっ。

こんなに悔しいことはない。

自分の努力はこんなちっぽけな力しかないんだ。

② 悔しい感情から自分の行動・生き方を否定した。

僕は感覚的に行動して生きていた。

なんとなく

思うがままに

自分の直感のみを信じて行動していた。

この時までは、この方法で自分の理想とする目標を達成できていた。

だが、この方法では

大きい壁を越えられないんだと

自分のこの生き方を否定した。

③ この否定された自分から、

理想の自分をイメージし、

そうなるにはどうしたら良いのか考え始める。

ダメな自分 × ➡︎ 理想の自分 ○

×から○になろうとする。

具体的な行動案を見出し、実行する。

つまり、

挫折を味わったら

① 感情を強く認識

② 自分の行動・生き方を否定

③ なりたい自分を強くイメージする

僕はこのプロセスを経て

行動・生き方が激変した。

人というのは、

どん底まで落ちれば落ちるほど

そこから大きく飛躍しようとする

乗り越えようとする。

これは大きなバネとなる。

なりたい自分を鮮明にイメージする

自分はできる。

自分に限界はないんだ。

できる。

できる。

できる。

自分の可能性を信じ、

とことん突っ走ってやる。

この〝強い意志〟が大切。

具体的にどのように行動したのか

まずはじめに僕がやったことは

なりたい自分をイメージした。

国家試験に受かり

同期にも負けない

同世代にも負けない

最強の作業療法士〟になるんだ。

日本が誇る作業療法士〟になるんだ

と、強くイメージした。

僕は国家試験に落ちてから

内定が決まっていた函館の病院で

リハビリ助手として働くことになった。

半年間働きながら勉強して、

もう半年は一度退職して勉強のみに専念する。

このような計画で

次の国家試験に望むこととなった。

当時、リハビリ助手の給料は少なく、

一人暮らしの僕にとってはかなりきつかった。

働きながら勉強するのは大変であった。

専門学校の先生には

「働きながらなんて絶対受からないぞ」

と言われた。

自分がこれからする行動・生き方を否定された気分になった。

国家資格がないだけで

同期との力の差はどんどん広がり

劣等感〟を感じ始める。

悔しい。

この悔しい想いを抱きながら

とことん突っ走り始める。

働いた後は6時間ほど勉強し

睡眠時間は3時間。

食事は米・卵・ふりかけ・味噌汁。

米でお腹を満たすために1ヶ月で20㎏ほど食べていたこともある。

これを半年間続けた。

正直かなりきつかったが、

自分はこんなもんじゃない。

まだいける。

まだ追い込める。

もっとだ。もっとだ。

と自分を奮い立たせて

生きていた。

その結果

追い込むことが癖〟になってしまった。

無事に国家試験にも合格し

また同じ職場で働くことになった。

働いていなかった半年間で

同期との差は更に広がった。

また悔しい感情が出始めた。

また劣等感を感じ始めた。

同期と競っていたわけではないが、

このブランクを埋めようと

健康〟というものを

とことん追求することにした。

休みの日は

リハビリ関係のセミナーへ行き、

健康に関係するものであれば何でも行った。

自分が学びたいと思うものには

道外でも行った。

会いたい人がいればアポをとって会いに行った。

とにかく健康を追求するために行動しまくった。

そのおかげで

様々な人と出会い、

人として磨かれていった。

学ぶ姿勢が

探求する姿勢が

磨かれていったのだ。

感覚的でなんとなく行動していた自分〟から

学びを深める姿勢に変わった自分〟になった。

人生最大の挫折が

僕の行動・生き方を大きく変えたのだ。

この挫折がなかったら今の僕はいない。

本当に

心の底から

国家試験に落ちてよかったと思った。

這い上がる力がついてよかった。

この出来事に本当に感謝したい。

まとめ

挫折から這い上がるには

なりたい自分を鮮明にイメージ

そこに向かおうとする姿勢・意識が大切であること。

自分の限界を知って

その限界を突破しようと

理想の自分像を鮮明にイメージし

行動すると

人は変わる。

ぜひ

みなさんにも限界を突破する感覚を味わってほしい。

それが

自分の宝〟となる。

成長の糧〟となる。

生きる糧〟となる。

さあ

限界を突破しよう。